國を想うが故に、國を破滅に導く悪鬼へと成った者を討ち、
「ごめんなさい。私の力では、滅する事しか出来ない」
先刻まで刃を交えた者に心配される。
妖滅師と名乗る少女に礼を言った時、紙一枚より薄い関係だが、友とはこういうものだとも感じ、
「レラさ〜〜ん！ まったね〜〜〜♪」
自分が守るべき少女と共に語った時間が、何よりも愛おしかった。
「ええ、またね」
叶う事のない誓いを交し、アイヌの言葉で“風”を意味する名を持つ少女は、森の中で自分よりも年下だが元気の良い少女と別れる。
凛とした気高い表情を崩さずに少女の後姿を見届けた後、口に指を咥えて合図の口笛を鳴らす。
森の中にレラの口笛が響き渡り、木々の間から体格の良い狼が飛び出し、荒い息と共に主人の下へと駆け寄った。
狼は上目づかいに主人を見上げ、その様子を見たレラは少しだけ表情を崩し、狼の頭を優しく撫でる。
「ありがとう、シクルゥ」
シクルゥと呼ばれた狼は撫でられるたびに尻尾をゆっくりと左右に振る。
撫でる手を止めたレラは、今までの道のりの反対を歩く。
全て…終わり
ウェンカムイの鼓動も気配も感じはしない
自然を汚す者もいない
もう一人のわたしも、とても強くなった
役目は…全部終わった
最後に行きたい場所があった。
この青々と茂り生命力の溢れる森を、見おろせられる崖がある。
レラの、最後の望みだった。
主人の歩く歩調に合わせ、シクルゥもレラの後ろを歩く。
＊
自然の声が聞こえる。
皆、今を生れる喜びを深く大切にしている。
大地に眠る糧を手に入れ、自分達を導いてくれる太陽へと手を伸ばす
たったそれだけのことが何よりも幸せなのだ
地面に生える銘も無き美しく小さな花々、人に必要とされていない雑草、地面の下で懸命に生きる者、森の恩恵によって生き、後に大地へと還る小さな獣達、
その全てが、今を懸命に生きている。
斧で断たれ人に使われ終わる命だろうと、燃やされるのであれば全てが無駄になろうとも、我らはそれを恐れずに生きる
「…そうなの。……命を賭けたかいもあったのね」
つぶやきは解き放たれ、空間へと溶け込む。
それが、自分の運命だとも垣間見る。
眼を閉じて、風の囁きに耳を傾ける。木々に浄化された空気を味わい、心を無にする。
だが、全ての感覚を遮断した訳ではない。
自分の身の回りの変化に即座に反応は出来る。
今度もそうだ。
必要以上な力を使わずに歩いている、およそ常人には会得できないような気配。
それが前方から。敵意は無いがわずかに警戒する。
眼を開くと、こちらへ向かって歩く者がいる。
遠目から見ても端正で整った顔立ちをしている。女顔の男性なのか男装をした女性なのか判断がつかないほど、中性的な。
そのうえ線の細い身体なので、余計に解せない。
手に柄の無い刀を持ち、上下に白い袴を着用し、その上から縁が黒く赤い羽織を着た人物であった。
シクルゥが多少早足で歩き、レラの前に立つ。気配からして相当の使い手だと気づいたのだろう。
「…大丈夫」
一声かけ、警戒を解かせる。
レラも再び足を進める。お互いの距離が一歩一歩近づく。
二人とも、互いに眼を合わせようとはしなかった。近づき、すれ違った瞬間、レラは足を止めた。
背後に立つ人物も同様に、足を止める。僅かに時が過ぎ、背後に立つ者の口が開く。
「御前試合の結果はお聴き致しました」
高くもなく低くもなく、淀みのない声が耳に入る。
「……そう」
「なかなかの御手前ですね」
「得意の居合で手合わせでも…するつもり？」
かの者が持つ刀を見て、通常の抜刀には向かない物であると考えた。
細身の体格からも、力任せに業物を振り回すような戦法は想像できない。
「…これから生を終える貴女には…意味の無い事です」
レラはその言葉を聞き、微かに笑う。
「なかなか……鋭いわね」
「……私は貴女に“生きろ”と言える立場では在りませんが」
「分かっているじゃない。“命を大事にしろ”っていってたら、斬ってやろうって思ったのに」
「…これはまた物騒な」
男とも女とも言えない人物の、小さな笑い声が聞こえる。
「しかし貴女は、この世に未練が無い様に見えますが」
「そうね。私には…夢も、愛も、要らないから」
自分が体を手に入れてから、決心したこと。
役目を果したら、必要の無い身でもある。
「希望も…ですか？」
だが、感情も無い訳ではない。
「……希望…か。…不思議なものね、心に決めたこと以外に、色んな物を手に入れた」
「ほう…」
「ちっぽけな友情を手に入れて、守るべき人と話せた喜びと…誰かから感謝された嬉しさ」
「……」
「信頼できる誇るべき…もう一人の自分もいる」
「……」
一言も、何も言わなかった。
見知らぬ人物にこんな事を話せる自分に、少なからず驚きを覚えた。
「……それだけで、わたしも幸せ」
＊
別れ際に聞いた名前を思い出した。
黒河内 夢路
聞き覚えがある名だった。
名を聞いた直後の、夢路の言葉が脳裏をよぎる。
私は笑って生きます。“生きろ”…とは言いませぬが、貴女も…一度だけ、笑いましょう
レラは、最後の目的地である、先ほどまでいた森を見渡せれる崖の上に立っていた。
「そろそろね…」
体が、心が、教えてくれる。
「シクルゥ」
おそらく誰にも見せたことのない、最高の笑顔
立ちふさがる者を薙ぎ倒し、傷つけ、傷つけられ、それでも強き心を持って前へ進み、筆舌にし難い苦行を歩んだ者にしか浮かばせることの出来ない、
そんな笑顔を、レラは顔に浮かばせていた。
シクルゥと同じ高さにしゃがんで首に右腕を回し、毛皮に頬を埋めて抱きしめた。
「…ありがとう、一緒に戦ってくれて。……ありがとう、わたしを助けてくれて。…………ありがとう」
レラの眼から、一筋の涙が頬に伝わった。
「側に……いてくれて……本当に、ありがとう。シクルゥ………」
立ち上がり、シクルゥの頭を、もう一度だけ優しく撫でた。
「…ナコルルの元へ行きなさい。今度はあの子を守ってね……？」
シクルゥはしばらくレラを見つめていた。そして後ろに振り返り、ゆっくりと歩き出し、一度だけレラの立つ方へ振り向き、走り出した。
あの時と同じ様に、姿が見えなくなるまで見届けた。
崖の上から、眼下に広がる豊かに生い茂る森を見下ろす。
もう、思い残すことも無い
ちっぽけな友情を知った驚きと
守るべき人と話せた喜び
誰かから感謝された嬉しさ
信頼できる、誇るべきもう一人の自分がいて
最後に、笑うことの良さを知って
精一杯の感謝も伝えることが出来た
それで、わたしも…幸せ
空が赤くなってきた頃、その崖に立つ者は居ない。
ただ、その日から、遠く蝦夷のカムイコタンに舞う風は、優しくなった。
〜終〜
後書き
現在最新作の剣サムのＥＤ、大抵のＥＤは本当にいいハッピーエンドばかりです（例外はありますが）
閑丸も今までで一番のハッピーエンドでしょう、夢路もハッピーエンドです。斬紅郎もハッピーエンドです。
レラは……相変わらず報われない｡･ﾟ･(ﾉД`)･ﾟ･｡
それでも好きですよ、レラＥＤ。多分…３回４回ぐらいは見ましたよ。
で、毎回毎回感動した訳ですが、３回目辺りで重大な事実に気づいてしまいました。それはオレのツッコミから、↓はオレの心の中の叫びです。
「……………シクルゥは？(((( ；゜Д゜)))」
このＳＳを書こうと思った最大の理由です。
いくらなんでもあれほど頼りにしている相棒シクルゥをレラ自ら「 完 全 放 置 」にするはずが無い！！
しかし出ていない！！Σ（゜□゜)Σ（゜□゜)Σ（゜□゜)
つーワケで書きました。剣サムのレラＥＤ内の話、具体的に書くと
「○○○○と分かれてからレラ嬢が○に立っているシーン」
の間です。別に○にする必要ないですね、本編に出ちゃってるし。
………夢路を出した理由は………これまたぶっちゃけ趣味です。
夢路のＥＤを見た日に書いたので、その名残です。
肝心なところは書いていませんから続きはレラＥＤを見てください(ﾉД`)
…ええ、僕はレラが好きですよ。サムスピだけじゃなくて、格ゲーの女性キャラでイチバン…です。
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