トック氏が送る
ホラー映画レビュー



ヘンリー

(HENRY・1986製作・1990公開)






その男は、殺しの前に必ず上着を脱いだ――。



ホラー映画紹介、第4回はジョン・マクノートン監督の処女作「ヘンリー」
(他のマクノートン監督作品は『ワイルド・シングス』『ボディ・リップス』など)
近年、と言っても既にブームは過ぎたが、連続殺人犯を題材にしたホラーは多い。
「セブン」「コピーキャット」「異常快楽殺人」「テシス」などがそれに当たる。「ヘンリー」もその中の1つである。
ただし作中のヘンリーにはモデルが存在する。名前はヘンリー・リー・ルーカス。
実在のヘンリーについては後で紹介するとして、彼を題材にして作られた映画を何本か紹介しておこう。
「羊達の沈黙」「アメリカの惨劇/188人を私刑した男」「ヘンリー('96年製作)」などがそれに当たる。
そう、食人鬼レクター博士のモデルはヘンリー・リー・ルーカスなのだ。

映画の話に戻ろう。
「ヘンリー」はかなりの低予算(10万ドルほどらしい)で撮影された。
また順風満帆に製作即公開と行かなかった作品でもある。
今でこそレンタル店で普通に見かけることができるが、初めはどの映画会社にも突っぱねられ、
危うくオクラ行きになりかけたほど。四年後にやっと小劇場で公開され、徐々に評価を得た作品なのだ。

何故、製作当初は評価が低かったのか?

当時のホラー映画の風潮と照らし合わした結果、客を呼べないと判断された。

これが正解。
確かに「ヘンリー」には過激な描写、SEXシーンは皆無だ。
(その頃はSEXシーン、スプラッターシーンをふんだんに盛り込んだホラーが全盛だった)
しかし観れば分かる。この映画は確かに恐ろしい。紛れもなくホラー映画の傑作である。



あらすじ



これは或連続殺人犯の記録である。

彼の名はヘンリー・リー・ルーカス。

ヘンリーは殺し続ける。

彼の相棒、オーティス、ベッキーと共に。

殺人は遊びか?快楽か?手段か?

三人の殺人ツアーは続き、やがて終局を迎える。

アタッシュケースを抱えたヘンリーによって。




『ヘンリー』から感じた恐ろしい殺人鬼像



ヘンリーは恐ろしい。淡々と人を殺す。まるで息を吸うように殺す。
ヘンリーにはトラウマもなければ、コンプレックスも存在しない。観ている側にとって殺人の動機づけができない。だから恐ろしい。
シリアルキラーを題材にした映画でなくとも、殺人は何かしら動機があってしかるべきものだった。
例えばそれは「復讐」であったり「フェチズム」であったり、「悪魔崇拝」であったり、「死体と性交すること(性欲)」であったりする。
キャラクター性、「ああ、こいつは〜〜だから人を殺すんだな」と思うことによって、そこで観客は納得し、恐怖が薄れるのだ。
モンスターだってそうだ。狼男は凶暴な狼なのだから必然的に人を殺す。ドラキュラは血を吸わないと生きていけないので人を殺す。
だがヘンリーはどうして人を殺すのか分からない。彼自身語ろうとしないし、なんとも思っていないように見える。
作中でベッキーに「母親をどうやって殺したの?」と聞かれるシーンがあって初めて、ヘンリーは自分が犯した凶行について語り始める。
ところがどうだろう。出てきた言葉は「刺した」その直後に「バットで殴り殺したかな」最後には「射殺した」。
とぼけているのではない。恥ずかしがっているのでもない。
彼はまるで覚えていないのだ。自分がどうやって人を殺したか、殺人はどんなものであったか。
殺人に対して拘りがない。だとすれば、ヘンリーの中で殺人とは手段に過ぎないのか。障害を払いのける方法なのだろうか。
いや、そうではない。殺人はヘンリーにとって手段の1つではあるが、それを手段として使ってるわけではない。
必ずしも殺すべきではない状況で彼は殺人を犯す。そして殺人を楽しんでいるようにも見えない。
楽に金品をまきあげるため、喧嘩して腹が立ったため、そういうケースは作中にもあったが、何もなくても彼は殺人を犯す。
金品、怒り。それは二次的な理由に過ぎないのだ。ヘンリーという殺人者の内面は、映画が終わっても理解できないままである。

ところで殺人を犯すこと以外に関して、ヘンリーはとても一般的ないい男に見える。
それもまたヘンリーが間接的に恐ろしく見える原因の1つだ。殺人を犯すヘンリーと通常のヘンリーのギャップ。
ギャップと言っても殺人シーンで性格が変わっているわけではない。ただ殺人を犯すという事実があるだけだ。
ヘンリーが普通の人間であればあるだけ、殺人という事実が観客に重くのしかかる。
「こんないい男がなぜ当たり前のように人を殺すのか?」だんだんそう思うようになり、混乱する。
また相棒のオーティスはまさしく異常な殺人者というイメージで、彼の存在がまともなヘンリーの存在をさらに際立たせる。

例えばこんなシーンがある。相棒のオーティスが少年に振られた時(オーティスはモーホー)、
ヘンリーは気をつかって、まあ元気出せよ、そんなこともあるよ、と言わんばかりに飲みに連れて行く。
そのシーンのヘンリーは、どう見ても振られた男を慰めている気のいい男である。
実際のところ、ヘンリーはオーティスが強引に子供を誘って、よしんば逆上して殺した時に足がつくのを恐れたために、
すばやく合いの手を入れたのだろうが、そんな空気をヘンリーは微塵も感じさせない。というよりはっきりと出さない。
ヘンリーの会話の間から、もしかしてそうではないか、と思わせるだけである。
もしくはそれまでのオーティスのキャラクター、そしてヘンリーが取った行動の結果から、こちらがそう思ってしまうだけである。
この絶妙な空気はマクノートン監督の演出の妙と言える。

さらにヘンリーの怖さを際立たせているのは、彼に現実的な存在感があるという点。
ファンタジーではないリアルさ。現実にこんな奴はいないだろう、いても頭のおかしい奴じゃないか、と思わせない現実感。
現実に生活し、現実に生きている人間のリアルさ。都会人の空気。
それらがヘンリーやベッキーの会話や仕草から如実に感じられる。マクノートン監督の狙いは成功している。
あなたの近くに殺人鬼はいるのだ。

終盤、ヘンリーはベッキーを守るため(というよりオーティスがベッキーを殺すと騒いだため)にオーティスを殺害してしまうのだが、
その殺人には相変わらず動揺など微塵も感じさせない。
そしてヘンリーは「逃げよう、私と一緒にいて」とすがるベッキーをも殺してしまうのである。
それまでベッキーに対して、ヘンリーは普通の男性と何ら変わりがなかった。むしろイイ男だった。
頼りがいがあり、ベッキーを女性として丁寧に扱っていた。愛しているのではないか?と錯覚した人もいるかもれない。
それくらい仲がよく見えた。しかしヘンリーは何事もなくベッキーを殺した。
殺してアタッシュケースに死体を詰め込み、無造作に林の中へ放り捨てたのである。
ベッキーを殺した後、髭を剃り車を走らすヘンリー。
そのシーンは俺にとってヘンリーが日々繰り返す「いつもの日常」にしか見えない。

モンスターはいない。驚かせようという演出もない。
過激な殺人描写、不安を煽る音響も存在しない。ただ淡々と物語は進む。
本作はそれでも(だからこそ?)ひどく恐ろしい、ホラー映画の傑作である。


 

About Henry Lee Lucas



『俺は女を殺す。女は存在する必要がないからだ』

ヘンリー・リー・ルーカスは1936年8月16日(誕生日一緒かよ……)、バージニア州で生まれた。

9人兄弟の末っ子。兄弟喧嘩の際にナイフでくりぬかれたため左目は義眼である。
父親は転落事故で両足を亡くしたアルコール中毒者。
母親はSMプレイを主にした売春婦だった。家事を全くせず、子供達に激しい虐待を繰り返していた。
殴る蹴るは当たり前で、虐待は性的なものにまで及んでいたと言う。
ルーカスを女装させ学校に通わせる。自分と客のセックスを見るよう強要し、目を反らすと激しく殴りつけるなど。

10歳の頃、ルーカスは小動物を殺し始める。『とても気持ちよかった』とルーカスは後に語っている。

13歳の頃、強盗・空き巣を繰り返した罪で少年院へ。
出所後また犯罪を繰り返し、17歳の少女を強姦殺人した罪で懲役刑。
当時、ルーカスは14歳。精神病院の医師の診断を経て、釈放が認められる。

父が肺炎で亡くなった後、虐待を一身に背負ったルーカスはナイフで母親を刺し殺してしまう。
正当防衛を主張したが、第二級殺人、懲役40年の刑が下り、刑務所へ。
刑務所内では自殺未遂を繰り返し、精神病院と刑務所の間を行き来している状態だった。
1975年にルーカス自身が拒否したにも関わらず「異常なし」として釈放、
仮釈放審査で「ここを出たらまた人殺しをするかね?」と訊ねられたルーカスは「この場でもやって見せますよ」と答えている。
みんな冗談だと思い、釈放されたのだが、ルーカスは出所した2ブロック先で女性を殺した。

その後ルーカスはカルト宗教団体「祈りの家」に入信。「祈りの家」は悪魔崇拝者の集団だった。
各地を転々とし、後に同性愛関係に至ったオーティス(祈りの家の信者)、その姪ベッキーと出会う。
当時オーティスは40歳、ベッキーは9歳。ルーカスは彼らとコンビを組んで殺人を続けた。
オーティスは祖母から「お前は悪魔の子だ」と言い聞かされ育てられた。彼は教団の儀式のなかで平然と女性や子供を殺した。
ベッキーは実の親のように接してくれるルーカスに愛着を覚え、二人の殺人旅行に加わった。
彼女はやがてルーカスの内縁の妻となり、寝食を共にするようになる。

パートナーのその後について――、オーティスは逮捕され、ベッキーはちょっとしたいざこざからルーカスに殺害された(死亡時12歳)。
ルーカスは『ベッキーを死姦した後、バラバラにして砂漠に捨てたが、すぐに後悔して墓を作った』と供述している。
ベッキー殺害の9ヶ月後、1983年テキサス州でルーカスは逮捕される。罪状は武器不法所持だった。


取調べに当たった刑事はみな驚愕した。供述で明らかになった殺害者数、300名以上。
ただしこれは自白に寄るものであって、実際の殺害者数と異なるという見方が一般的だ。
ヘンリーの虚言癖は相当なもので、取調べの度に発言を覆すことが多く、証言は信憑性を欠いていた。
その中で2件の殺人に関しては物的証拠があり、殺人罪の対象になったものも合わせると9件。
ヘンリーが実際に何人殺したのかは、依然として謎に包まれている。

裁判の結果により死刑が確定。
1998年に死刑執行される予定だったが、ブッシュ大統領の「証拠不十分」の言により延期される。

2001年、刑務所のベッドの上でルーカスはその生涯を閉じた。死因は心臓病だった。
遺体を引き取りに来た遺族は誰もいなかったと言う。


 

END

 

 

うーん、次回は何にしようかなー。

そうそう。

現実と虚構が入り乱れるホラー。

頭がおかしくなってしまいそうな危険なホラー。

と言えば!!!




「ひ・み・つ(はあと)」





それじゃーねー。バーイ!





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