何がどうなっている。
考えられない出来事が、当たり前のように起こされていた。

ギースは殺されるために不敗の格闘家を捜し、
殺されるために不敗の格闘の元へ向かったはずだ。
戻って来るのは奴の死体だけ。
それが本来の当たり前の結果だ。

なのになぜ奴は平然と帰還し、そして、タクマ・サカザキがここへ乗り込んでいる。
そのタクマに奴は何と言った?

「私の元で働く気はないか?」

だと?

何だ?何を考えている。タクマは組織の敵だ。
なぜ仲間に引き入れようなどという発想が生まれる。
武術家としての同調か?有り得ん。貴様は有り得ん男だぞ、ギース。

あまりの出来事にギースの事務所を影で張ったMr.BIGは、
ギースのふざけた行動に彼らしくもなく狼狽していた。
タクマ・サカザキを組織に入れるなど、奴は組織を破壊しようとしているのか?

もし、ギースがタクマを仲間に引き入れることに成功したとしよう。
組織は間違いなくタクマの憎怨によって内部から引き千切られる。
だがそれでも伴食宰相の組織のボスはタクマを迎え入れるだろう。
その後に訪れるのは破滅か、あるいは増長したギースによる乗っ取りだ。
いずれにしてもその結果、自分の立場は奪われる。
BIGが苦心惨憺しながらも暴力で作り上げたこの組織を、ギースは奪おうとしている。

ふざけるな!いい加減にしろ!取り立ててやった恩を忘れやがって!
俺を利用出来ているなどと思い上がっているなら教えてやる!
一体どちらが利用しているのかをな!

BIGの両手にはもう美女はいない。
そこには鈍く輝く60cmほどの棒が握られていた。

階下へ下る。
俺の組織は俺が守る。



タクマ・サカザキは階段を下りながら、襲って来る組織の男を踏み砕き、
無尽の野を行くが如く出口へと歩んでいた。

タクマを止め、ここで殺す。
無能なマフィアやチンピラ共など何の役も立たない。
戦場で共に生き抜いた私兵を使い、ここで奴を制圧する。

BIGは迅速に傭兵団を集め、自らの前後に配置してエレベーターで先回りを行った。
傭兵達は組織の黒服などは着ていない。
思い思いの動き易い格好で、ジョン・クローリーから流された装備に身を固めている。
タクマ・サカザキを武力で制圧する。
それが格闘家ではないMr.BIGの当然の戦い方だった。

BIGはビルの中でとりわけ細長い作りとなっている4階を作戦遂行の場と定め、
通路に黒光りする自動小銃を持った兵を7人配置した。
奴に空間を与えるのは好ましくない。
不敗の格闘家が銃にも勝る威力の拳を持っていることは知っている。
広さを使われたらどんな動きをされるか解らない。一撃必殺はどちらも同じこと。

5階にも4人、兵を隠している。
ビル内ゆえ、木の上からの奇襲というわけにはいかないが、
5階にある非常口から飛び降りてタクマの背後を固めることは出来る。
抵抗されるとどうなるかは解らない。
念には念を入れ、背後も奪って戦意を消してやった方が良い。

兆弾の恐れがあるため、出来るだけ銃は使いたくない。
動きを奪った後、自らの棒で突き殺すのがベターだ。
優秀な私兵を削りたくはない。
背後の急襲にうろたえてくれれば尚、良い。その隙にこの棒で喉笛を打つ。
自らの手で討てればその名声も素晴らしいボーナスだ。

それでも無理なら数の多い、前面の兵が直に一斉照射する手筈になっている。
兆弾は最新鋭の防弾チョッキに望みをかければ、
兵の腕も良い、出来れば避けたいのは当然だが実際、絶望的というほどでもない。

完璧だ。
BIGは銃を構える兵団の前で、余裕たっぷりに待った。


――鬼が、現れる。

通路の中央に位置する階段からタクマ・サカザキが現れた。
BIGとは3mほどの距離がある。
銃を構えた兵団を前にして、タクマの太い眉が一瞬動いた。

「ようこそ、タクマ・サカザキ。良いピクニックにはなったかな?」

BIGは棒を持った両手を広げて不敵に笑う。
動かないタクマにゆっくりとBIGが近付いた。

――これだけの銃を前にしては、不敗の格闘家だとて動けまい。
所詮はカラテマン。戦場の戦い方は知らぬ男よ。

タクマの動きを牽制しながら、ゆっくりと近付く。


距離が2mとなったところでBIGが合図を送る。
上の非常口から隠し兵が降りて来た。

いや――降りては来れなかった。

激突音。
タクマは瞬時に振り向き様のボディ突きを浴びせ昏倒させると、
続いての二人目も天を突き刺すような回し蹴りで着地する前に蹴り上げた。

「貴様!」

BIGが走って駆け寄り棒を突き出す。
タクマはそれをまたも振り返り様の左拳で受け、
尚も兵が降りて来ようとする非常口を右手の虎煌拳で打ち壊した。

爆裂音。
気の受け方を知らない人間やコンクリートには、バズーカの威力がある。
もう降りて来るのは小石となった天井の埃のみ。

BIGはそれを見ると瞬時に銃殺へと作戦を移した。
飛び上がり、天井に両の棒を突き立ててぶら下がる。

「撃て!!」

ズダダダダダダダダ!!

予定通りの一斉照射。
図らずも背後の兵が消えてしまったので同士討ちの心配もない。
あとは兵が壁に跳ね返らぬよう真っ直ぐに弾丸を撃ち込めば良いだけだ。

だが、BIGは目の前で信じ難い物を見た。

自分と同じ様に天井に右拳を突き刺し、タクマ・サカザキが浮いている。

「な!?」

ゴガッ!

驚愕に歪み、さらに両手の使えないBIGに完璧な角度での蹴りが入った。
吹き飛んで兵団のど真ん中に落下するBIG。陣形が崩れた。
タクマはもう着地している。

機械の兵器では有り得ない鳴動がビルを襲う。
大気が震えた。

「覇王翔吼拳――ッ!!」


ゴオオオオォォォォォオオオオオオオン!!


それはまさしく、大砲そのものの威力だった。
外から見ても解る爆発と共にビルに空洞を作った。
7人居た部下とBIGは同じ様に吹き飛ばされ、
強力に鍛え上げられた兵士の集団はピクリとも動かぬ肉の人形となった。
いや、BIGだけが中腰に起き上がる。焼け爛れたような裂傷が激しい。


――な、何だ、この男は……!
俺は10人程度の歩兵で戦車とやり合っていたとでも言うのか!?

足が言うことを聞かず、
どんな戦場でも必ず生きて帰って来た歴戦の男の脳裏に、“死”がイメージされる。
この男は地獄から来た死神だ。

――殺される。

BIGはかつてない恐怖に息を飲み、青ざめた。

だが、目の前の鬼神は一瞬苦痛の表情をすると、左腕を押さえ、
崩れ果てたビルの壁から、15mほど下に止まっている車へと飛び降り、そして消えた。

BIGはそれを目にしながらも、まだ悪夢が去ったことを認識出来ず、
鳴り止まない歯の音と、破裂しそうな心音を聞いていた。

自分が助かったとやっと解った時には、全身から力が抜け、
抉り取られたような空腹感に、胃液を嘔吐していた。
そして、この男を制した者がサウスタウンを制するということに、
醜く糸を引く粘りをぶら下げながら、呆然と気付いた。

タクマ・サカザキを手中に収めた者が、サウスタウンを制する。



「――何?」

いつもの様に、余裕有り気な態度で
悠然と眼下の街を眺めていたギースが振り返り、眼光を光らせた。
それは、怒りとも戸惑いとも付かない――一番近いのは、哀れみ、だろうか。

信じ難い報ではあったが、そうなってしまったのならそういうことも有り得ると、
どこか達観した様子のギースの反応はリッパーには意外だった。

タクマ・サカザキが、Mr.BIGの軍門に下ったのである。

「はい、まだ確かとは言えませんが、Mr.BIGはタクマ・サカザキの娘、
 ユリ・サカザキを人質に取り、タクマ・サカザキを手中に収めた、
 というのが有力な情報です」

一報を聞いた時の想像と、そう遠くない情報だった。

「――鶏鳴狗盗な奴のやりそうなことだな」

ギースは女を人質に取るという行為を咎めているのではない。
これまでの全てを自分の力で勝ち取って来たギースにとって、
自らの力を弄さず、人質などという方法で強者を手に入れるBIGは、
くだらない小人物だと言っているのである。

真に欲しい物は、自らの力で奪い取らねば何の意味も成さない。
ギースにとってタクマ・サカザキは、
まさに自らの力で屈服させなければ意味のない大きな存在だった。

ギースは達観していたのではなく、
下卑た手段に訴えたBIGと、それに逆らえないタクマを、哀れみ、侮蔑していたのだ。
そしてそれがすぐに崩壊するであろうことも、ギースには解っていた。

「――ユリ・サカザキの幽閉場所を探しますか?」

「好きにしろ。――それより、そうだな。タクマにこれを贈ってやれ」

ユリを見つけ出し、こちらでそれを手に入れてタクマを動かすべきではないか?
とのリッパーの意見だったが、ギースはそれを軽く流し、
デスクの脇に掛けてあった奇妙な面を取り出した。
それを手にし、訝しげなリッパー。

「――なんですか? このピエロは」

「ピエロ? ハッハッハッ
 そうだな、道化の面は今の奴にはお似合いだ。
 せめてこの面で恥をしのげと伝えてやれ。
 龍虎と並び称された、リー・ガクスウも喜ぶだろう」

リッパーがピエロと呼んだその面は、日本の鬼、天狗の物だった。
長い鼻を持った、赤く、怒気を孕んだ表情の鬼面。

やがてその鬼面の男の名は、畏怖の念を込めてMr.KARATEと呼ばれ
組織の勢力図を激しく揺さぶるのだが、ギースの予感通り、
三ヶ月と持たずにMr.BIG共々、ある男に打ち倒されることになる。


――タクマは私とは違ったな。

私は血縁を殺すために居るが、奴は所詮血縁のために闘っている。
あれだけの力を持ちながら、それだけでとんだ道化に成り下がった。

タクマ――
極限流空手という修羅を背負っている限り、貴様は鬼道から抜け出せぬと知れ。
それが貴様に重荷なら、私が全て奪い継いでやろう。
安心して踊れ、幼き日の修羅よ。



サウスタウンの中でも一際治安の悪いポートダウンタウンでは、
賞金付きのストリートファイトが頻繁に行われていた。
その賞金は組織から出されており、その催しは人材発掘大会とも言えた。
八極聖拳へ入門する以前のギースも利用し、食い繋いでいたことがある。

だが、所詮はスラム街のチンピラである。
Mr.BIGの手により組織内が軍隊化して行くにつれ人材発掘の意味合いは薄れ、
次第にただ金を持ったマフィア派の幹部が道楽で行うだけの、
大会とも言えない暴力ショーと化していた。

そんな打ち捨てられたスラムの街にも、ある一つの伝説がある。
特に近年の圧倒的な強さは、人材発掘という最初の目的を組織に抱かせるほどに、
その男はスラムのチンピラとはまるで格の違う強さを誇っていた。

その男の名を――リョウ・サカザキと言う。

タクマ・サカザキの実子である。


リョウ・サカザキは荒れ狂っていた。
幼き日、彼と共にタクマ・サカザキの道場で修業し、
刎頚の友と言える間柄のロバート・ガルシアは、
自身の怒りをも飲み込むようなリョウの怒気を、痺れと共に感じていた。

元々このリョウという男はおとなしく、優しい男であり、
父親であるタクマから半ば強引に極限流空手を叩き込まれていた感がある。
リョウは決して格闘家になりたかったわけではないだろう。

拳を打ち込まれては涙し、耐えられないと嘆くリョウに、
タクマはいつも言っていた。

「自分の力で成功を勝ち取らない限り、誰もお前を助けてはくれん」

その言葉は、父親が一代で財を成し作り上げた、
ガルシア財団という大財閥の御曹司であるロバートにはとても痛烈に聞こえた。
ロバートはその言葉で、与えられるだけの親の跡取りよりも、
極限流空手家としての道を選んだのである。
今や彼は『最強の虎』と異名される、もう一人の虎だった。

だが、リョウにタクマの言葉は届かなかった。
ただ打ち付けられる拳の痛みと、それ以上の、人を殴らなければならない痛みが、
リョウの心を打ち砕いていた。

――あるいは、父を恨んでいたのかも知れない。


タクマ、ロネット、リョウ、ユリのサカザキ一家がサウスタウンへ来たのは
1966年、リョウが8才の頃だ。
日本に住んでいた彼らがなぜこの街に流れ着いたのかは定かではないが、
悪夢はわずか2年後の、リョウの10才の誕生日に起こった。

息子の誕生日に黙ってプレゼントを買って来ようとしたのだろう。
車に乗り、二人だけでセントラルシティへ出たタクマとロネットを、
暴走するトラックが狙った。

結果、車は大破し、母ロネットは即死。
タクマはその強靭に鍛え上げられた肉体で一命を取り留めたが、
道場を売り払い、ポートダウンタウンのストリートファイトで日銭を稼ぎながら、
やがて事故から1年ほどが過ぎた頃――

『ユリのことを頼む』

その一行の手紙をリョウに残して、サウスタウンの暗闇の中へ消えた。

その日から、リョウのサバイバルが始まる。
幼い妹と二人生きていくにはあまりにも過酷で、そして危険なポートダウンタウンで、
リョウは身を粉にして働いた。
自分のことはどうなっても良い。ユリだけは守らなければならない。
それだけが父との絆で、そしてそれ以上に、
リョウにとってユリという妹はかけがえのない存在だった。

しかし、このままでは守れない。
自分の労働だけでは、ユリを守り抜くことが出来ない。

何も言わず、骨が磨り減るまで働いて帰って来るリョウに、
ユリはいつも笑顔で食事を用意してくれた。

だが、リョウの想いとは裏腹に、ユリはリョウにばかり飯をつぐ。
お腹が空かないだとか、ダイエット中だとか、そんなすぐに解る嘘を笑顔で言い、
兄の負担を少しでも軽減しようと家事の全てをこなす妹――

そんな時に、助けを求めるように父の顔を浮かべたら、
父は何度となく聞いた、あの言葉を送ってくれた。

「自分の力で成功を勝ち取らない限り、誰もお前を助けてはくれん」

――父さんとの絆はもう一つあった……

それが今は、リョウには嬉しかった。
リョウは父に叩き込まれた極限流という最強の武術だけを両手に抱え、
ストリートファイターとなった。

体力的な磨耗ではない、打ち抜かれ、殴り付けられ、血を流し、
毎日無数の傷を作りながら帰って来る兄に、ユリは涙した。
兄妹の行動はすれ違ってばかりいたが、心は互いに強く通じ合っていた。

やがてリョウは『無敵の龍』と異名される、
スラム最強のストリートファイターとなっていった。
血生臭い生活だったが、リョウはユリをハイスクールにまで通わせた。
ユリの幸福が彼の全てだった。


だがそんな兄妹に――

Mr.BIGの手は伸びたのだ――


リョウとロバートは互いの心当たりへと向かい二手に分かれ、
リョウはバイクに跨り、サカザキ家に因縁の深い人物、藤堂竜白の元へ、
ロバートは今最も戦火の火種を持つ町、ポートチャイナタウンへと走った。

「ユリ…… 必ず助け出してやる!」



Mr.BIGが、悪辣な企みを企てる際に使う古びたアパートの地下に、Mr.KARATEは居た。
その素顔はギースの天狗の面で封印され、そして肉体は、
地獄に収容された魔物が如く、BIGが施した鎖に封印されていた。
BIGが話し掛ける度に、微動だにしない肉体とは矛盾するように
鎖がジャラジャラと揺れ動く。

窓際の、色褪せた地下とは噛み合わない豪華で柔らかい椅子にBIGは座っている。
その隣りには、身長という面ではBIGよりやや低いだろうが、
その身体の面積では遥かに凌駕している、
見るからに腕力の強そうな大男が壁にもたれて腕を組んでいる。

この男こそ、名をジャック・ターナーと言う、
かつてギースとリッパーが半壊させたブラックキャッツのリーダーだった男である。
BIGと反対側の席には、ジョン・クローリーの姿も見える。

狭い地下アジトには今、
Mr.BIG、Mr.KARATE、ジョン・クローリー、ジャック・ターナーという、
強者の集うサウスタウンでも屈強の猛者達が揃っている。

だがその内面は、怒りに身を震わせるMr.KARATEと、
チームを潰された恨みを晴らすべく謀反の機会を狙うジャックの負のオーラで、
辛辣な呉越同舟といった雰囲気を作り出していた。
その中心に居るMr.BIGという男の才覚は、ギースの言う、小人物のそれではない。

「現地で作戦を立てるときはいつもこんな地下室だったな」

ジョン・クローリーが口を開いた。

「フフフ…… パーティーの計画を練るにはこういう場所でないと盛り上がらん」

趣味の悪い奴らだ、とジャックは思っている。

「ブラックサバス――パーティーの決行は金曜日だ。
 豚共を使って暴動を起こし、その隙に街の要人を暗殺する。
 ――Mr.KARATE」

BIGがMr.KARATEの名を呼ぶと、
また微動だにしないMr.KARATEの肉体から、鎖も溶かしそうな鬼気の湯気が立ち昇り、
ジャラジャラと音が鳴った。
それを意に介さずBIGは続ける。

「貴様も胸のその傷の恨みを晴らしたいだろう。
 貴様はチャイナタウンでガクスウとパイロン、ジェフ・ボガードの全てを殺せ」

葉巻を吸いながら、BIGはにやけて言った。
――ギィン!
刹那、鎖の弾け飛ぶ耳障りな音と、熱風が狭い地下室を荒れ狂った。

「ぅおおおお!」

ジョンとジャックがその熱風に威圧される。
だがBIGは棒を取り出してMr.KARATEの首へ突き出し、その動きを止めた。

「お前は俺には逆らえん…… そうだな?」

間があって、Mr.KARATEの闘気が鎮まる。
ピリピリしていたムードの全てがMr.KARATEへと収束した。
BIGはそれすらも無視し、話を続ける。

「ジャックはサウスタウンに繋がる全ての道路、橋を破壊しろ。
 抵抗する者がいれば好きなだけ暴れて構わん。
 ジョンは武器の調達を頼む」

「了解した」

即座に答えるジョンと、黙っているジャック。

「――返事はどうした? ジャック」

「――くだらねぇなぁ」

ジャックは腕に施した髑髏に稲妻の刺青を見やりながら目を合わさずに言った。

「何?」

「この街のどこにアンタに楯突く男がいる?
 弱い奴らをいたぶって喜んでるのはアンタら戦争屋だけだ。
 俺にチャイナタウンをやらせろ」

ジャック・ターナーにはその粗暴な容姿には似合わず、そんな一面があった。
ブラックキャッツは悪事を働く不良集団だったのには違いないが、
女子供などの弱者には決して手を出すことはなかった。
漆黒のバイクを乗り回し、暴走しては騒音を喚き散らすだけの取るに足らない集団。

だがジャック・ターナーを中心に彼らが暴力を好むのもまた事実で、
その志からターゲットは自然に組織の人間へと向けられ、
勢力を拡大するに連れてただのチンピラ集団と見過ごせなくなっていた。

そこで彼らの溜まり場に向けられたのがギースであり、
無残に殺された仲間達の姿を見てジャックは号泣した。
あの場所にもしジャック・ターナーがいたならば
ギースといえども一筋縄にはいかなかっただろう。

やがて弱体化したブラックキャッツは別のチームの台頭を許し、激突。
互いに磨り減り、ラチがあかなくなったところでリーダー同士の一騎打ちが行われた。
そこでジャックはキングというライバルチームのリーダーを倒し、
付近の不良権力を統一したのだが、闘いで疲弊したところで容易く仲間を引き抜かれ、
ジャックもまた組織――Mr.BIGに従うしかなくなっていた。

「それなら丁度良い相手がいる」

Mr.BIGがジャックを咎めるでもなく嫌らしく笑って言った。

「リョウ・サカザキという男とロバート・ガルシアという男が我々のことを嗅ぎ回っている。
 共に極限流空手の使い手で、二人で龍虎と呼ばれている。
 こいつらならお前の相手も務まるだろう」

「――極限流?」

Mr.KARATEの闘気が再び息衝き出す。

「お前も噂くらいは聞いたことがあるだろう。不敗の格闘家が使っていた流派だ。
 ――なぁ、Mr.KARATE」

無言の熱風が再び狭い部屋を荒々しく支配した。
その熱と、BIGの笑い声が地下室を包み、この一触即発の会議は終わった。
流れ落ちる汗は、この場の地獄と、やがて訪れるそれ以上の地獄を想像しての身震い。

あと数ヶ月で、暗黒の金曜日が来る――



「お前のその拳で聞くが良い」

道場も兼ねる、高級料亭KARUTAで、藤堂竜白はそう言った。
この男、先にも出た通り、サカザキ家――
正確に言えばタクマ・サカザキと深い因縁がある。

藤堂は日本で藤堂流という古武術の道場を持ち、大いなる繁栄を迎えていた。
その古流の型は美しく、激しく、相手の力を利用すれば例え腕力のない女性でも
充分に闘いの場へ赴ける、そんな老若男女均等に人気のある、優れた武術だった。

だったはずなのだが、道場破りに来たその男は、口元を歪ませてこんな暴言を吐いた。

「軟弱と言う他は無い!」


――覇王翔吼拳。

藤堂竜白は金色の光に飲み込まれ、その道場の栄光ごと、
粉微塵に吹き飛ばされたのである。

その後、竜白は極限流を徹底的に解剖し、我流ながら気を操る術を手に入れた。
この技が完成したからこそ家族を置き去りにし、
サウスタウンへ渡ったタクマを追ったのだが、
すでに失踪していたタクマを見つけ出すことは出来ず、この地に根を下ろし、
そして今は料亭の社長をしながらタクマの情報を探っているのである。

藤堂竜白はタクマ・サカザキ、
ひいてはサカザキ家に恨みを持つ無数の人間の一人だった。
リョウの最初の心当たりは、ここしかない。


「今のわしには重ね当てがある。極限流に遅れを取る道理はない」

「お前と遊んでいる暇はないんだ。すぐに口を割らせてやる」

そう言ってリョウは穿いて来た下駄を飛ばし、構えた。
タクマ・サカザキを倒すため、様々な武術を取り入れては来たが、
竜白の拳は受けの拳だ。竜白はどっしりと構え、リョウの動きを待った。

「オラオラァ!」

だが、タクマ・サカザキの息子、リョウ・サカザキは、
そんな雄叫びを上げながら荒々しく手招きし、竜白を誘った。

ここで竜白は冷静さを失った。
タクマ・サカザキに全てを奪われ、そしてその息子までが舐め切った態度を取る。
それに一刻も早く重ね当てを試してみたいという疼きも加わった。

「良かろう! 藤堂流奥義、重ね当てを受けるが良い!」

えいやー!

それは竜白の裂帛の気合だった。

だが、藤堂竜白は大きな勘違いをしていた。
気を扱えるようになったからとて、それで極限流と対等になったわけではない。
ただ同じ土俵に上がったに過ぎないのだ。
むしろ、この土俵において藤堂流と極限流では、天地ほどの熟練の差がある。

この場所に立った時点で、竜白は負けていたのだ。

「つぇっ!!」

リョウは幾重にも重なった気の板を左手一本で流して受け、
カウンターの右正拳を、怒りを打ち付けるように竜白の顔面に放った。

ゴッ!

鈍い音がした。

極限流はただ阿呆の様に気を飛ばすだけの拳法ではない。
闘気の受けをも身に付けているからこそ、強いのである。
こと、親友にしてライバルのロバート・ガルシアと何度も対戦して来たリョウの受けは、
創始者であるタクマ・サカザキをも超えていたと言って良い。

その時点ですでに勝敗は決していたのである。

「妹の居場所を教えて貰おうか!」

リョウは絶望の表情をしている藤堂の胸倉を乱暴に掴み上げ、怒鳴り上げた。

だが実際、サカザキ家への恨みのみで拳を構えた竜白に、ユリの情報はない。
あるのはタクマの情報を探りに探った成果としてある、この街の裏の情報だけである。
Mr.KARATEという男が現れ、組織が何かをしようとしている。

リョウは組織の人間がたむろしている場所の地図を強引に奪い、
手当たり次第にバイクを走らせた。



決行の日を目前に控えた、水曜日――
ジャック・ターナーは元ブラックキャッツのメンバーと共に
MAC'S・BARでただ浴びるように酒を飲んでいた。

「リーダー、計画なんかは立てなくて良いんですかい?」

メンバーの一人が聞いた。

「――オイ…… 俺はいつから組織の飼い犬になったんだ、ええ! 言ってみろ!」

必死に謝るメンバーを無視してジャックは片手で胸倉を掴み、吊り上げた。
メンバーの男も2m近い長身で立派な体格をしている。100kgは裕にあるだろう。
それを、酒の入った男が片手で軽々と吊り上げている。

だが、すぐに降ろす。
それは自分の八つ当たりに気付いたのと、バーの扉が荒々しく開け放たれたためだった。
オレンジ色の空手着を着た金髪の男が下駄を響かせて入って来る。
まだバイクのエンジン音がする。目立たないはずがない。

オレンジの空手着の男――リョウはすぐに一番体格の良い男に近寄った。
つまり、ジャック・ターナーにである。

「お前がジャックか? 少し話を聞かせろ。力ずくでも構わん」

いきなりケンカ腰だ。

「人に物を頼む時は頭を下げる物だぜ…… 解るか、小僧!!」

ジャックの丸太のような腕が振り抜かれた。
リョウはそれを下がって躱し、下駄を脱ぎ捨てる。
軽く拳を握り、胸の前で構えた。

ブラックサバス作戦の下準備をするでもなく、
丁度退屈していたところにリーダーの餌食となる妙な男が現れたことで
元メンバー達は沸いた。
MAC'S・BARはすぐに闘技場に早変わりだ。

「ちょうどムシャクシャしてたところだ。すぐに終わらせる」

両の拳をバキバキと鳴らしながら、ジャックはオロオロしているマスターに言った。

すぐに終わらせるつもりなのはリョウも同じだ。
このニヶ月ほど、どこへでも行ったが、どこにも手掛かりはなかった。
少しでも時間が惜しい。
雰囲気からして話して通じる相手ではないのはすぐに解ってしまったから、
リョウはケンカを吹っかけるような真似をした。
これが一番早い。

この男はなかなか強そうだが、リョウはいざとなれば本気を出すつもりでいた。
実はリョウは本気を出したことがない。全力を出したことがないのだ。
勿論、生活のために必死にストリートファイトに喰らい付いていた頃は本気で闘っていた。
だが、やがて気の使い方を覚えて来ると、その危険性が解った。

本気を出せば、相手は死ぬ。

それを理解した頃から、リョウには無意識の手加減が生まれた。
一度かけたリミッターはまだ外したことがない。
リョウは超一流のファイターとなっても、心根は優しいままだった。

だが、今はそれを外すことも厭わない。

一秒でも早く倒すためにリョウは背筋を伸ばして吐気と共に気を高め、
右手にそれを収束した。光る。

「――虎煌拳!」

黄金に輝く、闘気の砲弾。
一撃で倒す。そのつもりで放った虎煌拳だった。

だが、果てしなく重い一撃を貰ったのは、技を放った自分の方だった。
信じ難いことにジャックは気弾を突き抜け、
ボウリングの球のような巨大な拳を放って来たのである。

極限流の呼吸法で身を固め、咄嗟に両手でガードしたにも関わらず、
決して小さくは無いリョウの身体は熊に投げられたように吹き飛び、
並んだテーブルを砕き折りながら壁に叩きつけられた。

なんという豪腕。
しかし真に驚嘆に値するのはそこではない。
このジャック・ターナーという男は、確かに持ち前のタフネスもあるのだろう。
だが明らかに“闘気の受け”を使って虎煌拳の威力を軽減したのである。

「――それは、極限流の……」

「お前、極限流を知ってるのか?」

リョウはなぜか問い返されていた。

「――極限流は俺の親父が作った拳だ。なぜお前が知っている」

「何ィ? するとてめぇが――リョウ・サカザキか?」

ああ、と乱暴に答えるリョウを見て、ジャックは豪快に笑った。

「ハッハッハッハッ! こいつは面白い! てめぇが無敵の龍とやらだったとはな!」

ジャックは自分はそれほど不運な男でもないと、そう思った。
仲間を殺されたその相手に吸収され、無理矢理に従わされる日々には
絶えず大きな不満があったが、まだ面白い男が自分から会いに来てくれる幸運がある。
気を受け止めた腹が痛い。
橋や道路をぶっ壊すよりよっぽど面白い相手だ。

「俺に勝てたら洗いざらい全部話してやるよ」

「――本当だな?」

「俺は弱ぇ奴しかイビれねぇシケたクズと嘘吐き野郎が大嫌ぇなんだ。
 その点、お前はイビり甲斐がありそうだぜ、リョウ!」

言葉と共にジャックは再び豪腕を振り込んで来た。
極ナックルパートという彼の必殺技の一つなのだが、
その拳が熱を持っていることにリョウは気付いた。

――攻撃にも気を使っている!

だが、大振り。
リョウはすれ違うように前へ出ながらそれを躱し、
振り向くジャックのアゴに体重の乗った正拳突きを決めた。
並の男――いや、どんな格闘家でも倒れるであろう完璧な突き。
なのにジャック・ターナーは何事も無かったかのように尚も腕を振り回して来た。

「なっ!」

驚愕しながらもそれも躱し、間合いを取るリョウ。
お互い構え直し、呼吸を整える。

このジャックという男、力は凄いが隙だらけで、防御はまるでなっていない。
腕などは何も考えていないように腰の辺りにブラつかせ、
ガードに使う気がないように見える。

再びぶつかり合ったリョウの拳は面白いように当たった。
それもハードヒットだ。
だが、それでもジャックは何事もなかったように豪腕を振り返して来る。

リョウの拳が軽いわけでは決してない。
いや、父親譲りの重い拳だ。それが効いていない。
いくら体重差があるとはいえ、極限流の気功はそれの超越すら可能としているはずだ。
なのに、効かない。

――なんてタフな奴だ!

リョウが再び間合いを取ると、
ジャックは効いていないとばかりに胸を叩いて余裕のアピールをした。
リーダーの勝利を確信しながら観戦しているメンバー達が湧く。
考え事をしていると、そんなアウェーの空気が今更ながら重圧に感じて来る。
そこに隙が生まれた。

「オワァ――ッ!!」

文字通り、巨体が飛んだ。
離れていた間合いを一瞬で詰めるドロップキック。
それも150kgを超えるであろう巨体が、有り得ないスピードで宙を飛んで来る。
完全に意表を突かれ、避けるには間に合わない。それをガードする術も存在しない。
リョウは本能的に両手を組んでダメージを抑えようとしたが、無駄な抵抗だった。

何かの化物がトラックを投げ付けて来たような衝撃。
両腕を軋ませながらリョウは再び吹き飛ばされ、今度は逆の壁に激突し、
ついに前のめりに倒れた。
その激突音と、ジャックがそのまま倒れ込んだ着地の爆音が店をも軋ませる。
マスターはもうとっくに店を捨てて避難している。

ギャラリーが超ドロップキック!と叫び、熱狂していた。
ジャックは実に若干12才の頃にこの技でサーカスの熊を気絶させたことがある。
名実共に、ジャック・ターナーが最も得意とする技だった。
いや、技とも言えないただの巨体突撃というのが正しいだろう。
このドロップキックはTVで見たのをそのままやってみただけの代物なのである。
それで、熊を気絶させてしまった。大人達は彼をデビルと呼んだ。

ジャックが起き上がって近づいて来る。
リョウはそれを漠然と認識しながらも意識は混濁から抜け出せないでいた。
掴まれ、地に叩き付けられる。

倒れたところに今度はスライディングキックが飛んで来た。
巨体の割に瞬発力が凄まじい。もちろんパワーもある。
そして何と言ってもそのタフネスがずば抜けている。

リョウは苦戦を認識した。
両手を突いて飛び起き、空中から全体重をのせた蹴りを放つ。
地面に寝ているジャックの顔面に刺さった。

飛び退いて気力充実の構えを取り、吐気と共に丹田に意識を集中して低く唸る。
今までの一撃必殺のスタイルでこの男を倒すことは出来ない。

さすがにこれだけ綺麗に入るのも珍しい跳び蹴りは効いたのか、
頭を振って起き上がるジャック。
だがすぐにナックルパートを振りかざして突撃した。
ただ、突撃して、壊す。これがジャック・ターナーのスタイルである。
反撃の拳など蚊に刺されたほどにも感じない。

「オオオオ!!」

唸りを上げて襲い来るナックルパート。
もう受け止める余裕はない。
だがその代わりに、リョウの気力はすでに限界まで充実していた。

「暫烈拳!」

リョウの、ジャックと比べれば子供のような小さな拳が、極ナックルパートと激突する。
結果は明白だった。

だがリョウの左拳は連続して放たれた。それも並のスピードではない。
目で追えない。1秒間に4発。腕が何本にも見える。
一撃では遠く及ばなかったリョウの拳が、集団で襲い掛かり、
ジャックの拳の軌道をズラして行く。
時間の止まったような一瞬の連撃に、やがてそれはリョウの顔の脇に逸れた。
リョウの拳はジャックの腹に到達する。さらに拳速が速くなった。

ドドドドドドドドドド!!

ギャラリーが痴呆のように口を開けて気付いた。
ジャック・ターナーの巨体が、リョウの拳圧で浮いている。
呆気に取られたのはギャラリーだけではなく、ジャック本人もだった。

「……ああ?」

何が起こっているのか解らない。なぜ自分が浮いているのかも解らない。
遥か下を見れば歯を食い縛ったリョウの顔と、全く視認出来ないリョウの左腕。
それは心地良いマッサージ、とはいかなかった。
一撃ごとに魂が吸い取られるような感覚で、ジャックは意識もが宙に浮いた。

リョウの連打が止まった時が、ジャックの巨体が崩れ落ちる時だった。

ズゥゥゥン!という音と共に煙が舞い、建物が揺れる。
呆然としているギャラリーに見守られながら、リョウの荒い呼吸だけが響いた。


――リーダーが…… 負けた?

リョウ・サカザキはついに片膝を突いている。
今なら殺れる! と誰もが仇討ちを考えた時に、ジャックの声が飛んだ。

「てめぇら余計な真似すんじゃねぇぞ……」

メンバーは地面にドッシリと座るリーダーに方向転換し、労わるように駆け寄った。
それを、邪魔だ!とばかりに払い除け、
ジャックはおぼつかない足取りでリョウの前に座り直した。

「約束だ。何が聞きてぇ?」

リョウは立ち上がる。
激闘の余韻に浸っている暇などはない。

「ユリの居場所を吐け――今すぐにだ!」

「ユリ?」

「とぼけるな! お前達がさらった俺の妹だ!」

「――いや、本当に知らねぇ」

「何だと!」

リョウがジャックの胸倉を掴み上げる。
ジャックは気圧されるようなことはなかった。

「お前の妹をさらってるのか? ――まぁ腐った奴等のやりそうなことだ」

――もういい。
その言葉が嘘とも思えず、リョウは吐き捨てるよう言うと背を向けた。
ジャック・ターナーが強かっただけに、落胆は隠せない。
――まだ行ってない場所はある。早く向かわなくては。
だが名前を呼ばれ、引き止められた。

「リョウ、妹の情報が欲しいならL'AMORってレストランのバンサーに会え。
 スカした野郎だが俺よりは組織の内部に詳しい。
 それから、チャイナタウンには気を付けろ」

「――何?」

「明後日そこでちょっとした祭りがある。
 Mr.KARATEっていうとんでもねぇ化物がひと暴れするそうだ。
 あれはお前でも勝てねぇ。俺が使った極限流もそいつのモンだ」

Mr.KARATE――
藤堂竜白からも聞いた名前。

――極限流を使うのか?

「今や組織の強ぇ奴等は皆、奴の気の力を使う。まぁ程度の差はあるがな。
 俺は飲み込みが悪かった方だ。せいぜい気を付けな」

組織の人間に極限流の気功を教えている人間がいる――?
チャイナタウンにはロバートが居るはずだ。
知らせなくてはならないが、レストランの方も気にかかる。
逡巡の後、リョウは目的地を決めた。

――ロバートを、信じる。


「ジャック、乱暴な真似をして悪かった。恩に着る」

「くだらねぇこと言ってんじゃねぇ」

ジャックは煙草を取り出して一服する。

「――俺は乱暴な事が大好きなんだ」

そうやってニヤリと笑うジャックに微笑を浮かべると、
リョウはバイクに跨って夜の闇に消えた。


「――リーダー、良かったんですか?」

元ブラックキャッツのメンバーがジャックに声をかける。
L'AMORの事はともかく、ブラックサバス作戦まで教えるというのは、
ジャックに心酔はしながらもやはり組織のうま味に依存している彼らには、
その裏切り行為に不安がある。
ジャックに異議を唱えるのは当然だった。

だが、

「てめぇらあのバイクの音が聞こえなかったのか?
 ――バイカーに腐った奴ぁいねぇ」

ジャックはそう言って、二本目の煙草を吹かした。
元メンバー達はそんなジャックを見て、この人は組織に身を置いても
まだまだブラックキャッツのリーダーなのだと、思い出したように胸の高鳴りを持った。

リョウのバイクがサウスタウンの闇を切り裂いて走る――



「ギース様、ユリ・サカザキの居場所を突き止めました」

ギースが軽く驚いたように反応した。

「捜していたのか? お前がフェミニストだったとは知らなかったな」

「はい、好きにさせて頂きました」

リッパーとしてはやはり、タクマ・サカザキがBIGの下へ居るのは不安だった。
ユリは我々で手に入れ、Mr.KARATEも我々で牛耳る。
それが最良の選択だと確信していたからこそ、リッパーは全力を挙げてユリを捜索した。

「――ポートタウンのファクトリーです」

ファクトリー――

海に面したポートタウンの西端にある工場地帯。
その工場もまた、組織の息がかかっており、
数ある組織の本拠地と言える場所のひとつである。

そして、その場所を取り仕切っている男はMr.BIG。
ユリはBIGの膝元に幽閉されていた。
例え場所はすぐに判っても、簡単に乗り込める所ではない。

「キングとかいう男――L'AMORのバンサーをしているそうだな」

「――は?」

突然、脈絡のないことを言い出すギースに、リッパーは気が抜けたような声を出した。

「その男がユリ・サカザキの居場所を嗅ぎ回っている。
 何かの縁だ、教えてやれ」

「――ギース様」

「フ…… 私の情報源はお前だけではないのだぞ?」

リッパーにはいよいよもってギースが何を考えているのか解らなくなった。
多少の嫉妬心はあったかも知れないが、どこからの情報かなど、
今はさしたる問題ではない。

果たしてキングがユリを手に入れて、それが何になるのだろうか?
キングが何の為にユリを手に入れたいのかは判らないが、
それではキングにみすみすMr.KARATEを譲るような物だ。

現在BIG派であるキングを自分達の一派に引き入れるのか?
とも思ったが、確かにキングはその結果Mr.BIGを裏切ることにはなる。
しかしMr.KARATEを手にした男を易々と屈服させることは出来ないだろう。
何かとつけて遠回り、かつ面倒の増える結果となる。

「――ギース様はもう、タクマ・サカザキに興味を持ってはいないのですか?」

そんな、やや反抗的とも取れることを、リッパーは口に出していた。
だがギースは気に止める様子もなく、薄く笑って言う。

「そんなことはないさ。――私はあれが好きだ」

ギースの言う“あれ”とはタクマ・サカザキ個人を指すのではなく、
極限流空手そのものを指しているのだが、
そんなニュアンスの違いなどリッパーには届かなかったし、
例え届いたとして到底納得の行く返答ではなかった。行動が矛盾し過ぎている。

情報によるとキングはリョウ・サカザキに敗れたという。
恐らくは復讐のためにユリ・サカザキが欲しいのだろう。
Mr.KARATEが欲しいのか、あるいはユリの命が欲しいのか、
その真意さえ掴めない男へ情報をリークするのはあまりに危険だ。

――何故ですか?ギース様。

よっぽどそう聞きたかったが、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、と言う。
ギースという鴻鵠の考えを、自分に理解出来るはずもないのだ。
リッパーはただギースを信じて、キングのユリ救出に最大限のサポートをするだけだった。

【8】

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